視的生活
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西三国

新高

島原

またまた、「中平卓馬」である。
『Photo Pre(フォトプレ)No.6』(窓社)の特集が、「読む写真集。見る写真論。」ということで、いままで躊躇していたのを今回はじめて買ってみた。
当然、その中に「中平卓馬」の名前を見つけたからだが、写真4点+中平が写った写真1点に鈴城雅文氏による「中平卓馬の写真●発熱する臨界」という一文がある。さらに、その鈴城を巡る西山俊一氏の「『未視の物語』の発見」という文章があって、そこに鈴城の写真も含まれる。
私にとって、両氏とも初体験であるが、まだまだこういう硬派でしかも難解ではない思考をする人がいるのだ。そして、この6月には、ホンマタカシ監督作品“きわめてよいふうけい”が再び上映されるという。

更にこの号、福島菊次郎のインタビューと写真もある。
福島菊次郎といえば、昨年『写らなかった戦後/ヒロシマの嘘』(現代人文社)が発行され、写真学校時代に梅田の紀伊国屋書店で何度も見た写真集が記憶の底から蘇った。なぜ、写真界から姿を消したかは、数年前にテレビで見て、その生き方になおさら感動したのを覚えている。
まえがきにある、「といっても僕のカメラが半世紀にわたって戦後状況を25万枚写した露出時間は、平均500分の1秒のシャッターを切ったとして、わずか1200秒、20分50秒にすぎない」とは、写真の本質の或る一面だ。たかが写真、所詮写真。
この本を書き始めた動機は、「映像の限界を超えることができず、撮り残したものを活字化しようと思い立ったからだが、」というあとがきは、「写真ジャーナリスト」としての絶望が滲む。

「ーー(略)ーーだから、もう何をしてもダメだという本当の絶望感が僕の中にはあります。国や世の中や他人のことを絶望したって仕方ないじゃないか、僕は僕として生きてるんで僕が変わらなきゃこの国だって変わらないんだし、日本人が変わらなかったら日本もダメになる。だとしたら、むしろできるだけ早く崩壊した方が国民のためにはよい、というが今の僕の正直な気持ちです。こんなこと言ったら、また袋だ叩きになるんだろうけどね。(ママ)」(福島菊次郎/『Photo Pre No.6』より)

_2004.4.25