視的生活
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広島の平和祈念日の取材の前日、アンリ・カルティエ=ブレッソンの訃報が飛び込んできました。
今回の取材のライターでもあり、写真的同志といえる竹久マサオさんと、“衝撃”を抱えながら、山陽道をひた走りました。

山陽道

山陽道

広島

PEACE
反戦平和
No More Hiroshima

アンリ・カルティエ=ブレッソンが逝った。
昨日まで生きていたことが不思議とも思えるほどの伝説化した写真家である。
ウィリアム・クラインより森山大道より中平卓馬より、彼等を知る以前に知っていた写真家の名といえば、ブレッソンとアジェだけだったかも知れない。
たぶん、写真と出逢う以前より、「決定的瞬間」という言葉だけは知っていたように思う。
重森弘淹によれば、「ブレッソンはライカを『肉眼の延長』として最初に駆使した写真家」であり、「写真の主題に日常性が初めてブレッソンによって登場した」(『写真の思想』)のである。写真が絵画と袂を分かった、決定的瞬間がブレッソンの登場であった。
1947年に、ロバート・キャパらとマグナム写真集団を設立。
あまりにも有名な『決定的瞬間』(The Decisive Moment,French title: Images a` la sauvette)という名の写真集は1952年に出版された。
<http://www.magnumphotos.co.jp/ws_photographer/hcb/index.html>

「写真とは一秒の何分の一かの瞬間に、事柄の意味とその事柄を適切に表現するフォルムの厳密な構成とを、同時に認識することだ。」
「運動要素にバランスの訪れる一瞬がある。写真家はこの瞬間をとらえなければならない。」
「写真を撮ることは、逃げ去ろうとする現実に直面して全能力を一点に集中するときに息をころすことである。ひとつの画像を支配することが肉体的、知的に大いに喜びとなるのは、この瞬間なのである。」

Henri Cartier-Bresson

「決定的瞬間」は、<世界>と<私>の関係性の中に存在する。
それは、ロングショットであれノーファインダーであれ静物であれ、何ら変わることはない。
そこいらじゅうにゴロゴロ転がっている決定的瞬間を記録することが、写真の本質である。
ブレッソンの死を契機に、忘れかけている「決定的瞬間」の意味をいま一度、深く噛みしめたいと思う。

_2004.8.8